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ただ 今を生きるのみ   〜いざ、アフリカへ〜

僕はこの世のことがよくわかりません。自分の考えは間違いだらけでしょう。でもだからって何もしなければ間違ったまま。「君主は日に三転す」という言葉があります。賢者は自分の意見をコロコロ変えても良いのです。自分の考えは間違っているかもしれません。そしたら考えを改めればいいののです。発信から気づく間違いもあるでしょう。発信しようとすることで、新たに知る機会を得ることもできます。まぁこんな感じで、なんか色々書きたいと思ったことを書こうかな。メアド:yo.dash0624@gmail.com

俺の人生を変えた日  〜アイセックインターン中にウガンダの貧困家庭に一泊し、驚愕の一夜を過ごした。価値観を揺がす原体験とは、こうゆうものだ。〜

俺の人生を変えた日  〜アイセックインターン中にウガンダの貧困家庭に一泊し、驚愕の一夜を過ごした。価値観を揺がす原体験とは、こうゆうものだ。〜

 

さて、春休みに50日ほどAIESEC(アイセック)を通じてウガンダインターンに行ってきたわけなんだけれども、その中で間違いなくベスト3に入る強烈な1日を紹介したいと思う。

 

この日、間違いなく、俺の人生は変わった。

 

 

 

(アフリカに行った理由はこちら)

 

yo-dash0624.hatenablog.com

 

自分が何をしたらいいのか、全く見当もつかなかった最初の二週間

 

ウガンダという異国の地に放り込まれた自分は、本当に何をしたらいいかわからなかった。初めは道端にいる黒人が怖くて、外にでることさえままならなかった。

 

慣れない食事や水のシャワー、綺麗とは言い難い環境にメンタルをやられ、英語が得意なわけでもないから、現地の人ともうまくコミュニケーションが取れない。俺はどうしてこんなところに来てしまったのか、帰りたい。何度も一人でベッドで泣いていた。

 

子供たちと触れ合ったり、ちょっとしたコミュニケーションを現地の人と取ったり。月並みなことしかすることができず、僕は鬱憤としていた。

 

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農場にきて、仕事が始まってもそれは変わらなかった。そもそも、どうして農場なんかを選んでしまったのか。俺は農業の知識も経験もこれっぽっちもない。この場所で自分にできることなんて一つも見当たらなかった。

そんな自分に追い打ちをかけるように、辛い環境が自分を襲う。部屋には蜘蛛の巣が張り蟻やトカゲがそこら中を這っている。トイレに行くといつも蜂がいて落ち着かないし、自分の周りには常にハエが舞っている。飯食ってる時は当然大量のハエもご同席だし、飲み水は土で濾過したもので、茶色い。昼間はくそ暑くて屋内にいても意識が遠のき、水分補給をしようとしてもその水はやはり茶色い。砂埃が舞い、落ち着かない。

 

 

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初心に戻った。自分は何をしたいのか、もう一度深く考えた

 

そんな中、アイセックのサポーターや友人たちの日本からの声に励まされながら、もう一度原点に戻ってみることにした。自分はなぜアフリカを選んだのか。いったいアフリカに来て何をしようとしていたのか。

するとこんな環境の中でも、沸々とした思いが湧き上がってきた。動こう。行動しよう。足を動かそう。何ができるかなんて今はわかるはずもない。逆にだからこそ、今がむしゃらに自分ができることをやってみなきゃいけないんだ。

 

そして僕は意を決した。

 

農場の最貧困家庭へ。そこで一泊することに。

 

避難民としてこっちきて、ここで農地耕してる一番貧しい一家。彼らと飯を食い、一緒に寝ないと、彼らのことはわからないと思ったから。まずは彼らを存分に理解しないことには、何も始まらないと思ったから。11人家族で、英語は一人しか喋れない。その一人は、5年間だけ学校に行ったけれどもお金がなくなりいけなくなったアレックス。ご両親含めみんなルソガ語。子供達の笑顔は眩しいし、子供と触れ合ったのは楽しい時間だったけれど正直きつかった。

 

キャッサバとミレット?をまぜたとかいう謎の黒い練り物に、モリンガという木の葉っぱと豆を混ぜたものを手で付けて暗闇の中で食べた。じゃりじゃりしている。水で手を軽く洗ったりしたけど、苦いし全然のどを通らない。最初口にした時はそれがなんなのかも知らなかったし、吐きそうになった。それでもおいしそうな顔をして、彼らも普通に食べているじゃないかと言い聞かせ、最後まで食べきった。食べた後は胸と頭がむかむかして普通でいられなかった。どっから汲んだのかわからない水をだされた。それを飲んだところでその気持ち悪さは改善するどころか、さらに悪化するばかりだった。今、思い出すだけでも少し気持ち悪くなる。

 

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今宵のディナー。フラッシュで明るいけど、実際はほぼ真っ暗で、何を食っているのか全然わからなかった。

 

 

さらに、地面に布を敷いただけの場所で寝ることに。枕は木。いや、これ、全部俺がお願いしてやってることなんだけどね。2畳くらいの泥でできた小屋に4人で寝た。蚊なのかハエなのかわからないものが周りを飛んでいて、あちこち痒い、それに暑い。地面が固い。背中が痛い。今思い出せば壮絶な体験だった。日本の牢屋の方が100倍いい環境だろう。当然ちゃんと寝れるわけない。隣の人が動くたびに起きてしまい、3時ごろ小屋をそろりとでて外で一休み。

 

 

でもそれで冷静になれた。たまたま生まれた境遇が違うだけの彼らと僕ら。どうしてここまで差が生まれるのだろう。誰が何をしたって、こうゆう差が縮まることはないだろうと思う一方で、ああ俺もっとできるな。もっと動けるな。って感じた。そんな気持ちでもう一度あの狭く寝苦しい小屋に戻ると、なぜかすんなり眠れて、そのまま7時まで熟睡。他の人が起きても気付かないくらい深く眠っていた。人間、どんな環境でも生きれるもんだな。でももう一回やれと言われると、、、きついな。

 

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寝た場所。薄っぺらい布を下に敷いただけ。隣の人と肩をくっ付けるくらい狭い状態で寝る。

 

 

とはいえ、この宿泊は、この一家のご飯や寝るスペースを貰っているので本当にありがたいものだ。「君たちの力になりたい。君たちがどんな気持ちで過ごしているのか知りたいんだ」そう言って懇願した結果受け入れてくれたのだった。

そしてそのおかげで、心を許してくれて、深く話を聞くことができた。まず、小屋の中にいろんなものが欲しいという。そしてちゃんと寝れる場所が欲しい。それは身をもって納得した。そして教育をすごく欲していた。以下アレックスとの会話をそのまま引用したい。

 

 

 

「教育があれば、単純に仕事が増えるわけではないと思うよ?」

「でも今のままじゃ英語も喋れない。自分の想いを伝えることもままならない。教育を受ければ、生活はもっとよくなるよ。」

「じゃあ、教育をもっと受けてたら何ができると思う?」

「自分は5年学校に通えたが、もっと学びたかった。医者になりたいんだ。

「どうしてなりたいの?」

「僕の心の中から生まれてくる想いだよ!小さいころ、知識がなくって死んでしまった人をたくさん見たんだ。そうゆう人を自分が医者になって救いたいんだ。自然と、心の中から湧き上がってくるんだよ」

「とっても、素晴らしいね。うん、すばらしい。」

「ありがとう」

「今、一番欲しいもの、やりたいことはなんだい?」

「たっくさんあるよ。世界のために、地元のために、家族のために僕は動きたい。医者になるために勉強したい。けれど、スポンサーがないんだ。」

「スポンサーがいなくても、できることはあるんじゃないの?」

「料理をする時に塩がないようなものだ。スポンサーがいないと、よい生活には絶対にならないんだ。僕らには何もできないんだ。一生懸命働いても、何も変わらない。」

「ああ、そうだね、、。」

 

僕は反論することはできなかった。彼の話を聞いていると、僕らはやればできるんだ あれがあればもっとよくなるんだ と、無い物ねだりをしているように聞こえる。教育を受けても、簡単には医者になれないだろう。そのためにもまた厳しい道が待っている。競争がある。援助を受けたからって上手くいく甘い世界じゃないと思った。教育より、目の前の暮らしをよくするために生産性をあげたりして頑張ったほうがいいんじゃないか?

そう批判的に聞いてみたりもした。けれど、実際に彼らとあの劣悪な環境で一夜を過ごし、僕は単純にそう思うことができない。

毎日あの小屋で寝ることになったとして、

僕は東大を受験するように毎日猛勉強できるだろうか?

もっと頑張ろうと意気込んで考えたり行動したりできるだろうか?

怠惰な自分を奮い立たせて行動に移すことができるだろうか?

 

 

 

 

 

 

無理だ。

 

 

 

 

 

いったい僕と彼らの何が違うのか。僕にははじめから、教育を受けられる環境が周りにはあり、そして自ら学ぶことなどを通じ身の回りを変えることができると教えてくれる人がいた。「心の中から医者になりたいという想いが溢れてくるんだ。」そう強くいう彼の言葉を、たらればだよw いざ勉強することになったらそんな続けられねえよw そう言って嘲笑することは僕にはできなかった。かといって、無償の援助を彼らにしよう!とは思えなかった。

 

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泊まらせてもらったジブゥンドゥカファミリーと暗闇で撮った一枚。

 

 

まだ何をすべきか、答えは見つからない。でも確実に、この時から僕の行動は変わった。

 

そんな生活を向上させるような解決策なんてわからないし、一朝一夕でできるものでもない。しかしやはり、僕の心に強く訴えかけるものがあった。

 

少しばかり援助をしたところで何も変わらないし、もっとマクロでみたら世界に貧困はなくならない。だったら何をしても意味ないじゃないか。

 

そう思う自分がいて。今も変わらずいる。でも一方で、

 

彼らのために自分は何もしないつもりなのか?全てはできないかもしれない。けど、何かは絶対にできるはずだ。

 

そうゆう自分が大きくなり始めていた。少なくとも、自分がウガンダにいるあと5週間くらいの間は、真剣に自分がやれることを考え抜いて、行動して、絶対に何かしてやるんだという気持ちで過ごさなきゃいけないと決意した。

 

そしてこの日から僕は自分をさらに追い込むようになり、考え続けた。そして、自分ができることが少しずつ見えてきて、その達成のために突っ走ったのだった。

 

 

 

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